典韋
生没年:? ~建安2年(197)
所属:魏
生まれ:兗州陳留已吾
勝手に私的能力評
統率 | B | 濮陽奪還戦では、普通に軍を率いて先陣を切っている。それなり以上に用兵もこなせたのだろう。 |
武力 | S | 一薙ぎで十人が死ぬ。本当なんなのこの人。 |
知力 | D | 知性派ではないだろう。呂布軍の矢の雨の中で行った指示も、知力というより蛮勇…… |
政治 | E | 護衛に政治力など不要! |
人望 | C | 後世の歴史家はその死に様に感動する。普段は淡々と書き記す陳寿も、彼の死に様だけは妙に躍動感ある文章で書いている。 |
スポンサーリンク
典韋(テンイ)と言えば、だいたいどの三国志媒介でもイメージは似通っていますね。いかつくて怖い、でも実は義理堅くて憎めない性格の荒くれ者。その厚い忠義は最期の死にざまにもよく表れていて、そのことから昨今でも根強い人気のある武将です。
さて、今回はそんな典韋の紹介。実際の彼も、史書にはそんなイメージに違わない、荒くれの好感であるという描写があります。
史書における活躍
容貌は立派で男気にあふれ、さらには人並み外れた怪力の持ち主だったと、史書の最初には記されています。
そんな典韋の話が始まるのは、劉氏という人物によるかたき討ちを手伝うという、なんとも男気溢れるエピソードから。
この劉氏が仇と付け狙う李永という人物は結構な大身であり、この時は厳重な警備をつけていたのだそう。
そこで典韋は匕首を懐に隠し、李永への貢物を持って訪問者を装い潜入。そして警護の目を掻い潜り李永の家の中へ入ると、すかさず李永とその家族を殺害。悠然とその場を離れ、匕首を捨てて武器となる戟に持ち替え逃走したのです。
李永の館は市場とも面しており、当然すぐに大騒ぎ。数百人という追手が典韋に迫りましたが、誰も怖くて典韋には近づけませんでした。
そうこうしている間に仲間とも合流し、典韋は無事に逃走に成功。この事件により、以後は豪傑として名が知れるようになったそうな。
その後趙寵という人物の兵士を経て、曹操軍の夏侯惇の軍に所属。巨大な旗を持たせれば片手で軽々と操って見せ、武器を持たせればたびたび戦功を立てていたと典韋伝にはあり、彼が兵士として並外れた力量を持っていたことが伺えます。
そして呂布との戦いの際、曹操が敵陣を陥落させる危険な仕事をこなす兵を募ったところ、典韋は真っ先に志願。常人の二倍の重装備を纏った数十人の決死兵が結成されると、典韋はその指揮を任されました。
敵陣に突撃すると、当然ながら雨のような矢が放たれ、前を見るのも困難な状態でありながら、典韋は近くの兵からの報告だけで敵兵を殺害するという無謀をやってのけるなど力戦。
この功績から都尉(地方軍事官)に任命され、数百人の親衛隊とともに数々の戦いで先鋒として起用され敵陣を陥落させ、ついには校尉の位にまで上り詰めたのです。
その後は曹操のボディガードのような役割もするようになり、昼間は常に近くに立ち、夜も天幕のそばで寝るなど、忠誠心あふれる勤務態度だったとされています。当然自宅はありましたが、基本的に帰ることはしなかったそうです。
また、飲食の量は常人の倍で、特に酒に関しては給仕の人間を数人にしてやっと間に合ったといわれています。
武器も大きな物をよく振り回し、大きな戟を両手に持ったり、長刀を愛用したとされています。
スポンサーリンク
その最期も凄絶の一言……
剛勇の士であった典韋の最期は、宛に割拠していた群雄・張繍との戦いのさなかでした。
張繍は最初こそ降伏し曹操の配下になるはずでしたが、十日としないうちに反旗を翻し、曹操が油断しきった瞬間を狙って襲撃してきたのです。
曹操軍は圧倒的不利の中で戦いますが、結局は敗走。曹操自身も命からがらといった様子で逃げ出しました。
この時典韋は城門の内側で奮戦し、一切敵を寄せ付けなかったとされています。その時の記述がこちら。
典韋は長い戟を右に左にと撃ち据え、一振りで敵兵十人余りの矛を打ち砕いた。
すげえ(;´∀`)
また、数十の部下だけは典韋の元に残っており、それぞれが十人以上を相手に力戦しましたが、元々張繍の軍勢とは数の差があります。。最後にはじりじりと押されて倒れていき、最後にはほとんどが戦死、典韋も数十の傷を負う満身創痍となりました。
最終的には短い武器に持ち替えての白兵戦になり、典韋に無数の敵兵が組み付きます。が、典韋も負けずに二人の敵を両脇で締め上げて撃ち殺し、敵を恐慌状態に陥れます。
恐れおののく敵に対して再び突撃して迫り、さらに数人を打ち倒しましたが、ここにきて瀕死で悲鳴を上げていた体が持たず、傷口が大きく裂け、これが致命傷となってしまいました。
もはや体も動かない典韋は死の際まで敵をにらみつけ大声で罵倒し、仁王立ちしたまま最期を迎えたそうです。
そんな典韋の覇気に気圧され、その死を確認してからようやく敵軍は前進できたそうです。
その後、周囲の敵からも敬意を表されたようで、敵軍の全員が怖いもの見たさ半分で典韋の亡骸を見物に行ったとか何とか。
正史でもドラマティック!
人の倍の数を飲み食いし、その代わり常人の何十倍ものパワーを発揮する典韋。
その圧倒的な強さと義侠心は、曹操の心を見事に射止めていたようです。
彼の死に様は許褚らの見せ場と同じく、長くても数行だけで事績だけを述べる正史の中でも、特に浮いています。
というのも、書かれ方はドラマティック。というのも、上記に書いた最期の瞬間が、ほぼ本文の書き写しそのままなのです。
大物に打ち勝った記述すらも淡々と流してしまう正史の中でも珍しく、えらく鮮明に描かれている辺り、当時の人々がどれだけ典韋に敬意を偉大ていたのかがわかる気がします。
そんな典韋の死は君主の曹操も涙させており、曹操は意地でもといった様子で敵軍から典韋の遺体を奪い返させ、告別式にも自ら出席。
後年、典韋が亡くなった付近を通るたびにお供え物をして祭ったそうです。
そんな典韋は、陳寿からは許褚と共に樊噲(ハンカイ:劉邦の衛士)に並ぶと評されています。
メイン参考文献:ちくま文庫 正史 三国志 3巻
中古価格 |
関連ページ
- 曹操
- 三国志の主人公と言えば、一般的には劉備が思い浮かばれるかもしれませんが、正史基準に考えてマジで答えを出すなら、この人こそ主人公にふさわしいと言えるでしょう。
- 曹丕
- 魏の初代皇帝は実はこの人。悪ふざけが過ぎたりする辺りやはり曹操の子ですが、こちらはおふざけの質が心理攻撃に偏っているためドS王子と呼ばれることに……
- 曹叡
- 別名・土木の鬼。宮殿を大量に増設して国の財政を傾けた暗君みたいに言われることもありますが、それは貧民層に仕事を与えて救うための政策という説も……
- 卞氏(武宣皇后)
- 貴賤でいえば「賤」に属する身分の人でしたが……曹操は才女を見つけるとそんなものお構いなしにかっさらうのです。実際、よくできた人だったんだなと。
- 曹彰
- 本当はもっと下の方に伝が記載されている人物……。曹操の息子の中で、武勇ひとつのみを、それもかなり色濃く継いだ人物です。
- 曹昂
- 死んで孝行息子となった長子。その実力は史書からは計れず未知数……
- 夏侯惇
- 魏の重臣筆頭格。曹操軍のメインヒロインです。
- 韓浩
- 屯田制で有名な人。他にも何人も携わっていますが、彼ばかりが有名に……
- 史渙
- 曹操軍初期の勇将……なんだがどうにも影が薄い……
- 夏侯淵
- 別名・白地将軍。これは蔑称だから敬意を表してこう呼んじゃあかんよ。
- 曹仁
- ( ゚∀゚)o彡゜てっぺき!てっぺき!!
- 曹純
- 曹仁の弟で、曹仁伝のついでに記述あり。 文句なしの名将……のはずなんですが、活躍期間がネック……
- 曹洪
- ドケチでがめつい人。ですが、忠義に厚くここ一番で魅せてくれる頼れる人物です。
- 曹休
- とうとう無双最新作にも出演が決まりましたね。無能脱却なるか?
- 曹真
- ハイパーチートデブ。人知勇すべてを持ち合わせる贅沢ぶりは、まさに将の中の将。 息子が残念なことでも有名です。
- 曹爽
- 豚になったさわやかさん
- 鄧颺
- 曹爽の取り巻きその1
- 丁謐
- 親父はそこそこ面白い人なんだけど、この人は……いや、司馬懿に喧嘩吹っ掛けたんだから大したものか。
- 畢軌
- みんな大好き曹爽軍団の一員だよー
- 何晏
- ヤク中にして仲間を見殺しにしようとする外道、そのくせ文学の才能は随一と言えるほどに突出……なかなか面白な人物です。
- 李勝
- 名前通りにはいかなかったよ
- 桓範
- 曹爽の取り巻きで唯一まとも・・・と思ったらDVの逸話があったでござる。
- 夏侯尚
- ヤンデレ感漂う曹丕のマブダチ。
- 夏侯玄
- 優秀な外戚の人材なんですが……下手に人望があり過ぎても自滅するんだなって……
- 荀彧
- 穏やかで頭が良く、漢室への忠誠心の高い宰相…………と思っていたのか。
- 荀攸
- 打つ手に失策無し。賈詡と共にそう評されたガチ軍師。この人は戦場で策を練っている方が強く、むしろそういう仕事が専門だったのでしょう。脳筋絶対殺すマン。
- 賈詡
- 三国志の最優良軍師の一人。暗黒……?
- 袁渙
- 袁紹らと同族、つまり名族!
- 張範
- なんつーかニート。すっげえニート。立派な人ですがニート。
- 涼茂
- 暴君相手に啖呵切って諫めた人。でもこの話の信憑性は微妙な物で……
- 国淵
- 史書の記述に大穴を開ける正論屋。俺この人好きやww
- 王脩(王修)
- 田疇はしばしば胡散臭いと言われますが……この人の忠義が胡散臭いとケチをつける声はまず聞きません。すげぇよ……仕えたのは袁譚なんだぜ。
- 田疇
- ぶっちゃけ独立勢力でしょ、この人。
- 鮑信
- 曹操は後漢末の乱世において天下を統一寸前まで平定した英傑。その前半生で彼を評価した人物は数少ないですが、やはり見る人は見ているのです。
- 鍾繇
- 鍾会の親父さん……ですが、それ以上のアピールポイントが山ほどあるのに目立たないのが不思議だなと思いました。山椒。
- 華歆
- 正史では持ち上げられすぎなくらいの聖人君子、演義ではどうしようもないクズ。落差が激しすぎやしませんかね←
- 王朗
- ただの国賊扱いとか遺憾でござる
- 程昱
- けっこう有名どころですが、やはり知名度はまだ二流。 ガチムチの、気骨あふれるおじいさん。
- 郭嘉
- 天才軍師。そこに何らかの間違いがあるわけではありませんが……傅子の誇張表現どうした←
- 董昭
- 演義ではベジタリアン。本当この人って暗黒よね。なんだかんだいい人っぽい感じもするけど。
- 劉曄
- こっちはガチな皇族。にもかかわらず人を殺したりアグレッシブ!
- 蒋済
- キレッキレ酔いどれ軍師。この手の策士や謀臣はどうにも情に薄いとか心無いとかそういう印象を受けますが……この人を見ればその先入観も薄れるはず。
- 劉馥
- 短歌行で反発して斬られた人物として有名ですが、それは演義のお話。正史だと、「トンデモな能力を持った名政治家」の一人として、ひっそりと歴史に名を馳せてます。
- 温恢
- 合肥の緩衝材にしておそらく軍事の専門家。
- 賈逵
- かきふらい
- 李孚
- 袁紹軍の文官で、後曹操軍に。こんなマニアックな人物、誰が知ろうってんだよ……
- 任峻
- 屯田政策試用の実行者。扱いは武官でいいのかな?
- 杜畿
- 激流に身を任せどうかしてしまった結果亡くなった人。つまり死因:溺死。報われねぇ……
- 倉慈
- ネットで検索すると、大抵「掃除」に関するあれこれが出てくるような人。政治家としては、「恐れられながらも敬愛される」という最高の資質を持った辺境伯です。
- 張遼
- 魏の中でも最強クラスのレジェンド。
- 楽進
- ちっちゃい突撃大将。最近無双シリーズにも顔を出しましたが、それまではどうにも地味。しかし、魏でも五本指に入る大将とも言われた武将で、その実力は折り紙付きです。なお資料の少なさ……
- 于禁
- スミマセン、擁護のためとはいえ、記述と比べてもいろいろ書きすぎました……
- 張郃
- 無双だとなぜか美しい人。武官で食邑4300戸ってすごくね?
- 徐晃
- 用意周到な無敗の将軍。この人のやってること、再現しようとすると気が遠くなりそうです。
- 朱霊
- 不遇の歴戦武将。徐晃伝に彼の伝が付伝されていますが、載っている事績は失態だけ。活躍はまったく別の人物伝ばかりという。なにこれ、いじめ?
- 李典
- 無双では勘の人、三國志シリーズではハイバランスながら凹凸のないフラットな能力。武官だけど学者志向。そんな人。
- 李通
- 魏が誇るTHE・勇将の一人。なんか魏って猛将タイプの影薄いよね。
- 臧覇
- どっかで「めっぱ」とか間違って読まれてた人。 まあ、マイナーだから仕方ないね!
- 孫観
- 臧覇の部下代表。
- 文聘
- ブンペイペーイ(゚Д゚)
- 呂虔
- これまたマイナーどころ。名太守です。
- 許褚
- ゲームではだいたいほんわか癒し系。
- 龐徳
- ヘッポコ于禁との対比として祭り上げられる勇将。
- 王粲
- 三国志の文学者代表格。前半生がブサメンの悲哀を物語っている……
- 桓階
- 正義のためなら伝統も破る。不義理のイメージをとことんぶち壊す帝王擁立論者です。
- 陳羣
- 謹厳実直なエリート官僚ですが、九品中正法や曹操への物騒な提案などから、腹黒な食わせ物の可能性が……
- 楊俊
- やる気のないニート・司馬懿の実力を見抜いた眼力の持ち主。
- 趙儼
- まったくと言っていいほど目立たないものの、曹操軍の影の柱石と言ってもいい大人物。
- 孫礼
- 猛獣狩りと孤軍奮闘に定評のある人物。というか孤立無援の中戦うとか虎を徒歩で追い払おうとするとか、本当何なんこの人。
- 満寵
- 誰かがこの名前をオンラインゲームで名乗っていた時、三国志ファンを名乗る腐女子から「卑猥な名前をつけるな」と怒られたことがあるらしい。なぜだ。
- 田豫(田予)
- 北方にて異民族と戦い続けた定住型傑物。陳寿も 「あの程度で終わる人間じゃないだろ」と述べていますが……
- 牽招
- 田豫に次ぐ北方エキスパート。この人も地味に劉備と関係持ちなのね……。というか、この人も大概モーヲタなのが面白いです。
- 郭淮
- 魏軍きってのピンチヒッター。しかし病気には弱いようで、大事な局面で二度も……
- 徐邈
- 酒、聖人、酒ェ!!
- 王淩
- 言う事聞かない人。後戻りできず専横路線に乗り切った司馬懿に対し、齢80で喧嘩を吹っ掛けるという剛毅なお方です。
- 毌丘倹
- 連鎖反応に巻き込まれての反逆、処刑。おまけに名前が覚えにくいから覚えても貰えない。何とも不遇な……
- 鄧艾
- 吃音で有名ですが、たぶんアスペルガーも併発してたんじゃないかな?
- 薛悌
- 誰この人と思って調べたら普通に傑物だったでござる
- 閻行
- 人物伝第一号がまさかの超マイナー武将。 「こいつ誰だよ」って人も多いでしょうが、実はとある有名武将を一方的に叩きのめしたことも……
- 殷署
- 微妙に強そうな人……だし実際に大物くさいが、記述は……うん。
- 棗祗
- 屯田は大反対の嵐で曹操自身も難色を示したのですが、一部部下が強固に主張したので結局実行、思いがけない成果を上げました。棗祗は、特に強固に主張した人物ですね。
- 高祚・解𢢼
- 正直、ただの一発屋。人物伝の主役に取り上げるのも同化という人物ですが、面白いのでやります。
- 師纂
- 彼が悪なのか鄧艾が悪なのか……