孫乾


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孫乾 公祐

 

 

 

生没年:?~?

 

所属:蜀

 

生まれ:青州北海郡

 

 

人物伝・蜀書

 

 

孫乾(ソンケン)、字は公祐(コウユウ)。袁紹(エンショウ)や劉表(リュウヒョウ)といった大物との折衝をさらっと済ませるだけの高い外交能力の持ち主です。

 

が、この手の外交官にありがちな、記述の異様な少なさがネック。正直、性格や事細かな実績に関しての情報が皆無なため、人物に関して何とも言えないのが個人的に気になるところ。

 

 

さて、そんな孫乾の伝、さらっと見ていきましょう。

 

 

 

 

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大物からも同盟承諾を引き出すハイパー外交官

 

 

 

孫乾は元々北の青州(セイシュウ)の出でしたが、劉備(リュウビ)がすぐ南の徐州(ジョシュウ)を治めるようになると、彼の招聘を受けて幕僚に加わりました。

 

 

その後、劉備お付きの文官としてしばらく過ごしていましたが、劉備曹操(ソウソウ)配下に加わって呂布(リョフ)を滅ぼすと、劉備曹操に叛逆。しかしこの時は曹操自身の動きが早かったのもあり、反乱は失敗に終わってしまいました。

 

 

 

このまま曹操の元におめおめ帰っても罰則と警戒の強化は免れません。そこで劉備は、北の雄・袁紹の庇護を受ける道を模索。孫乾は、そんな劉備の意を汲んで袁紹との交渉に向かい、見事に袁紹との交渉を締結させたのです。

 

 

こうして袁紹の配下として滑り込んだ劉備でしたが、それでも安穏とした暮らしは訪れませんでした。

 

劉備は官渡で袁紹とぶつかる曹操の背後を荒らしまわる任務を受けており、最初こそ上手くいって袁紹軍に大いに貢献しますが、曹操が討伐軍を派遣すると、寄せ集めの劉備軍は成す術もなく敗走。袁紹領に帰ることも難しくなった劉備は、他の寄る辺を探すことになったのです。

 

 

そこで続けて目についたのは、荊州(ケイシュウ)を治める同族の劉表。孫乾はまたしても折衝役として、劉表との外交交渉に赴くことになりました。

 

この時も孫乾は、何をしたのか劉表の交渉をあっさり完了。しかも、劉備の要望にしっかり沿った理想的な交渉内容を成立させたのです。

 

 

また、この時劉表は、「劉備殿や配下の孫乾について話すときに、悲しまない日はありませんでした」という手紙を書いています。つまり、手紙を書いて期限を伺おうというほどに信頼され、頼りにされたことになります。本当に交渉中何をしたのか……

 

 

 

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さて、そんな孫乾は劉備が益州(エキシュウ)を得た際に従事中郎から秉忠将軍(ヘイチュウショウグン)、つまり、軍属幕僚から最高司令官にまで上がりました。当然、この将軍職は名前だけのものであるとは思いますが……とにかくこのVIP待遇は、劉備の信任の厚さを物語っています。

 

とまあそんな感じで最古参の簡雍(カンヨウ)と同格、劉備の妻の兄である麋竺(ビジク)に次ぐ扱いを受けた孫乾ですが、その後は史書に活躍の記述を残すことなく、しばらくして死去。有名な地の名士でもない外交官の記述は、地位や活躍に関係なく短いのです……

 

 

 

 

 

 

 

メイン参考文献:ちくま文庫 正史 三国志 5巻

 

 

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