孫韶 公礼
生没年:中平5年(188)~赤烏4年(241)
所属:呉
生まれ:揚州呉郡
孫韶(ソンショウ)、字は公礼(コウレイ)。呉の皇族はほぼ事績不明のまま名将として名を残している事が多いですが……彼もそんな一人。
というか、『孫韶伝』なのに本人よりも孫翊(ソンヨク)殺害事件の方が記述が多いってどうなの……
ともあれ、孫韶は孫一門の名将として、国を挙げた戦いの数々に参加。孫呉の主力武将の一人として活動していたのは間違いないでしょう。
今回は、そんな孫韶の事績を追っていきましょう。
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叔父の兵は俺が継ぐ!
孫韶の叔父である孫河(ソンカ)は元々、兪(ユ)氏の出だったと言われています。孫河は孫策(ソンサク)に気に入られて孫姓を与えられ、以後は彼らの一門として生きることになりました。
が、孫策が亡くなってその弟である孫権(ソンケン)が跡を継いでしばらくすると、孫家内でゴタゴタが引き起こされてしまいます。そしてそのトラブルの中で、孫権の弟・孫翊が死亡。そのついでとばかりに、孫河までもが殺されてしまったのです。
孫韶は、そんな非業の死を遂げた孫河の兵を引き継いで取りまとめることに。当時はまだ20歳にも満たない若者でしたが、孫韶は叔父の遺した兵をうまく取りまとめて京城(ケイジョウ)の補修を行い、敵の来襲に備えて櫓の整備や兵器の増設を行い、見事に防備を整えてみせました。
さて、孫韶がこうして防備を固めているところに、孫翊及び孫河が死亡したと知らせを受けた孫権が引き返してきます。孫権は撤退途中に孫韶が防備を強化していた京城に接近。お手並み拝見とばかりに攻撃を仕掛けます。おい何やってんだ
すると、孫韶は見事な統率で兵をまとめ、孫権軍に一斉射撃。これに舌を巻いた孫権が正体を明かすと、ようやく矢による一斉射撃も停止。
孫韶の見事な防御態勢を見て感心した孫権は、孫韶に対して孫河の私兵と領土、そして承烈校尉(ショウエツコウイ)の位と叔父同様の権限をその場で与えたのでした。
一族の勇将
後に孫韶は広陵太守(コウリョウタイシュ)、偏将軍(ヘンショウグン)となり、孫権が呉王となると揚威将軍(ヨウイショウグン)となり、建徳侯(ケントクコウ)の爵位が授与されました。
また、黄武元年(222)に曹丕(ソウヒ)が大軍を率いて攻めてきた時には、呉軍きっての名将たちと肩を並べて呂範(リョハン)の指揮下で戦い、天候が味方せず一時期危機に陥ったものの、それを撥ね退け撃退に成功します。
『呉録』によれば、その後の曹丕によって呉が侵略されたときにも防衛線に参加。
この時に曹丕は河が凍って船が出せないのを見てやむを得ず撤退しますが、孫韶はその退路に決死隊500人を送り込んで曹丕の度肝を抜き、決死隊員たちは曹丕が乗っていた馬車を奪い取ってくるという大戦果を挙げています。
後に孫権によって呉帝国が建立すると、孫韶は北の抑えを担当する鎮北将軍(チンホクショウグン)に昇進。その後も合肥侵攻などに一局面の大将として姿を現し、魏呉戦争の主力の一人となったことが伺えます。
孫韶はこうして対魏の主力武将として働くこと数十年、常に兵の育成に力を注ぎ、決死の覚悟で戦場を駆ける勇猛な兵を数多養成し、国境の防備を強化。
また武官でありながらも周囲の情勢には鋭く目を光らせ、ほとんど負けなしの優れた名将へと成長していったのです。
そんな孫韶の風貌たるや、八尺(190cmオーバー)の大男にもかかわらず風雅な面持ちで、孫権からも「すっかり別人のようにたくましくなった」と喜ばれています。
孫韶は後に幽州牧(ユウシュウボク)として、孫呉が天下を取った暁にも北方の国境地帯で防備を任されることが決まり、軍事的な処罰権である仮節(カセツ:軍法違反者を独自裁量で裁ける)を授かることになりました。
赤烏4年(241)に、孫韶は死去。息子たちもひとかどの武人だったようで、やはり高位に上がっています。
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洞察の達人
孫家の他の皇族たちともども、孫韶も陳寿によって独自に評が与えられている人物ではありません。が、彼の伝に書かれている記述を見るに、非常に洞察というか、情報収集に精力的な人物だったと言われています。
「彼を知り己を知れば、百戦殆からず」
とは孫子の言葉ですが、彼はそんな言葉を忠実に実行した結果、敗北自体がほとんどないとされるほどの名将として知られるようになったのです。
実際に魏の国境帯からの投稿者多数、さらに味方も孫韶が目を光らせているおかげで防衛戦力を空っぽにしてその分を攻撃に割くことができたとか。
また、孫権の元に向かった時には青州・徐州一帯の魏領内の情勢について尋ねられましたが、孫韶はそのすべてを仔細に報告。敵の防衛戦力、距離、兵力指揮官の名前など、その情報には穴がありませんでした。
このように情報をしっかりと取り扱う人物は、基本的にどこの時代でも名将です。孫韶もまた、そんな『名将』のテンプレを踏襲した、優れた人物だったのです。
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