破竹の勢い
最近でも割とよく見かけくる言葉ですよね。
竹は少しでも割れると、後はさほど力を入れなくても一気に割れるそうです。
この事から、
「一度ついた勢いが止まらなくなる様子」を表す意味合いとして使われています。
うーん、どうにも戦争に影響しそうな話ですよね。
さてこの言葉、これも三国志由来の故事成語なのですが……
この言葉の誕生は三国志の終盤も終盤。
超有名人である曹操、、劉備、孫権、諸葛亮といった面々はすでに亡くなり、
蜀の国も滅ぼされ、魏が司馬一族のものとなって晋と名を変えた後。三国志で最後に残った呉の国の滅亡に前後してのことです。
その起源とは……
この話の主人公は、杜預(ドヨ)という晋の将軍です。
呉の軍勢を打ち破り、ついに都の建業(ケンギョウ)付近にまで迫ったときのお話。
かねてから呉の土地は温暖な気候で、夏場は疫病により多くの死人が出ることもあったそうです。
実際に赤壁の戦いでも、曹操軍の大きな敗因の一つに疫病が取り上げられるほどで、過去に南を攻める際にさんざん手を焼いていたという過去があったのです。
この事から、軍議では「これから雨の季節になるので、今攻めるのは危険です。冬を待ってからまた攻めるようにしましょう」という意見がほとんどでした。
しかしここで、杜預だけは真反対ともいえる意見を提唱したのです。
「昔、楽毅(ガクキ)という人物は、勢力の圧倒的劣勢を一回の戦いで覆したといわれているな。今の俺らは勢いもあるから大丈夫。竹を割るには一節に切り口を入れれば、後は大した力もいらん。それと一緒で、最初の数十日を本気で戦えば後は流れで勝てるだろう」
その後の流れは、まさに杜預の予言通り。勢いのままに攻められた呉の君主、孫晧(ソンコウ)は領土の奥深くに逃げることもままならず、数年とせずに降伏。呉は滅亡し、晋の天下統一は果たされたのでした。
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ちなみにそんな杜預ですが……
戦争の常識すらも超越した思考により、長年自国を苦しめ続けてきた呉を見事に滅ぼした杜預将軍。
実は政治や学術が本領の人物ですが、それにもかかわらず、関羽や張遼らと並んで、唐代にまとめられた「武廟六十四将」という、簡単に言えば「すごい昔の将軍64人」のうちの一人に名を馳せています。
軍事、政治、学術となんでもござれの杜預ですが、実はとんでもない欠陥を抱えていたのです。
それが、
個 人 戦 闘 力
馬にも乗れない、弓も下手、戦争には馬車で出向いていたというありさまの、とんでもない運動音痴だったのです。
そのくせ政争には積極的に絡んでいき、必要もない事に自分から突っ込んでいくという悪癖の持ち主。
とんでもなく有能でなんでもござれのハイパー武将ですが、潔癖症で運動音痴という欠点があることによって、「やっぱり偉大な人間も人間なんだな」と実感できますよね。
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