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【司馬懿伝4】控えめに言って将軍

 

 

 

 

後世の司馬懿評と私感

 

 

 

一通り司馬懿の記述を見てみたところ、周囲に云われる通りの陰謀家というより、知力に優れた非凡な将軍というのが近いでしょうか。

 

今回はとびとびの記述を私なりにつなぎ合わせた上、信憑性グレーな学者出版の文庫本まで取りだして見てみましたが……周囲が言うような野心家、謀略家、陰険狡猾な狼野郎といった感じのイメージは、私が見る限りではかなり薄いように感じます。

 

 

飛び抜けた才能こそありましたが、司馬懿の動きは普通に名士上がりの将軍そのもの。常人ならざる器と野心で仕えていた国を壊すのを待っていた……というのは、いささか無理がある気もします。

 

まあそれでも、当人の気持など歴史書から知れるはずもなし。本心では野心渦巻いていたかもしれませんが……そうであったとしても「俺が新しい国を作る」というよりは、いかにもその辺の名士が狙っていそうな「君主を神輿にして俺らの家格を上げてやるわい」といった類の俗っぽいものだったのかもしれません。

 

 

実際に魏への忠誠心も最低限は持ち合わせていたようで、曹爽がいなくなった後に司馬懿は丞相に推されましたがこれを固辞。続けて王の位を与えようとしたもののこれも断ってしまったのです。(もっとも、野心を隠していたという説もありますが)

 

 

 

さて、陳寿によるそんな司馬懿の人物評ですが……残念ながら、三国志の中にそれらしいものは見つかりませんでした。まあ晋の皇帝の祖父という高貴な立場、しかも三国志に伝がないから当然といったところか。

 

 

 

そのためか、後世で伝えられるのは、曹爽排除の流れとその後の司馬一族による専横、簒奪。司馬懿の評価や語られる人物像割と早い段階からそれに準じたものとなっており、知略はともかく、その人物像に関してはダークなイメージが強く残っています。

 

しかも晋王朝は早くからその力を削ぎ落し、兄弟間の争いの末異民族に北半分を丸々取られてしまったのだから、それもまた司馬懿アンチの流れに拍車をかけている……と言ってもよいでしょう。

 

なんせ、晋が追いやられた先は、当時の中国の南半分。よりにもよって、呉と蜀が拠って魏と戦った土地なのですから。

 

最悪の偶然だ

 

 

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司馬懿の軍略

 

 

 

さて、主観での司馬懿評と一般論についてはほどほどに……続いては、司馬懿の軍事的才能をこれまた主観から見てみましょう。

 

 

彼のライバルである諸葛亮は、どちらかというと事前準備と大量の手札で、本番でも困らないようにしてから初めて戦うという慎重策。

 

 

 

対して司馬懿はというと……事前準備や必要日数の測量といった戦争前のあれこれはもちろん、戦場に着いてからも臨機応変。チャンスが来るのをひたすら待ってその時になったら電光石火の全力疾走……という、まさに中国兵法において理想と言われる勝ち方を得意としていたのです。

 

また敵に回すと厄介な点としては、なんでもできてしまうという彼自身の起用さ。元々司馬懿は「機会を見つけたら奇襲や速攻を決める」「縦横に動いて敵を振り回す」といった戦術が得意だったようにも見られ……その証拠に、孟達や公孫淵はことごとく見積もりが外れて成す術もなくボコボコにされています。

 

 

かと思えば、諸葛亮のような隙のない人物をどう処理するかというと……防衛戦という利点と敵軍の輸送枯渇を突いた持久戦。撹乱戦術どころか、一回戦ってボロ負けしたら後はそのまま引きこもって、敵の自滅を待ったのです。

 

 

司馬懿はこのように相手によって戦術を替えて、場合によっては得意先述すら丸々斬り捨てるという……用兵としては基礎なのにほとんど誰も成し得ない戦い方をソツなくこなせる人物だったのではないでしょうか。

 

 

 

 

狼顧の相

 

 

 

司馬懿の人物像として、こんな言葉があります。

 

内心では嫌悪している相手に対してでも表向きには寛大に振舞う人物であった。猜疑心が強く、応変の術に長けていた。

 

 

特に曹操司馬懿を警戒しており、彼が曹操から目をつけられたという逸話も、信憑性はともかくいくつかあります。その話のひとつが、以下の通りのエピソード。

 

曹操はある時、三頭の馬がひとつしかない飼い葉桶の中にある餌を貪り食う夢を見て、何とも嫌な予感に駆られました。

 

この夢を見た曹操は、すぐに司馬懿のことであると直感。曹丕を呼び寄せ、こう 注意したのです。

 

 

司馬懿は常人の器で収まる男ではない。お前もいつかとってかわられるかもしれんぞ」

 

 

しかし曹丕はそんな曹操の真意を知らず、司馬懿をそのまま優遇。結果、孫の代に司馬一族の専横がはじまった……という話です。

 

 

 

また、司馬懿は狼顧の相といって、首が180度回るという特異体質の持ち主でもあったと伝えられていますね。

 

この話を気になった曹操は、ちょっと試してみるかと司馬懿に前を歩かせ、真後ろから呼び止めてみました。すると、なんと司馬懿は首から下を一切動かさず、頭だけこちらを向けたではありませんか。

 

それに対して曹操がどうリアクションしたかはわかりませんが……一連の流れは晋書に載っている話で、一応は正史という扱いを受けています。

 

 

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真の敵は妻?

 

 

 

狼顧の相とならんで、これまたわざわざ私が書き記しても今更な話ですが……司馬懿の真の敵は、奥さんである張春華(チョウシュンカ)という人物だったのかもしれませんね。

 

なんと言っても、張春華はなかなか強烈な人物で、司馬懿ともあまり仲がよろしくなかった様子。おかげで、近年の司馬懿の人物像には、「恐妻家」という新たな属性が追加されることも……

 

 

この張春華を象徴するエピソードは二つ。

 

うち一つは、曹操からの士官要請を司馬懿が拒否した時の事。この時、司馬懿は病気で動けないと称していましたが……やはりどこかで油断するのが人。なんと侍女が密かに見ている時に立ち上がって本を読む姿を披露してしまったのです。

 

バレたら曹操の大目玉は確実で、殺される可能性だって高いでしょう。

 

そこまで考えた張春華は、なんとその侍女を即刻殺害。夫を守るためとはいえすぐに人を殺す妻に、司馬懿は内心「ヤバいんじゃねこいつ?」と思ったとか。

 

 

 

もう一つのエピソードは、子供の司馬師(シバシ)および司馬昭(シバショウ)がある程度大きくなってからのもの。

 

ある時司馬懿が病気で倒れたと聞き、すでに疎遠となっていた張春華は彼の見舞いに出かけました。が、司馬懿は見たくもない大嫌いな妻の顔を見ておかんむり。

 

 

「ババアが今更何の用だ!」

 

 

言っちゃいけないことを言ってしまった司馬懿に、張春華は猛烈に怒り心頭。なんと息子である司馬師や司馬昭を巻き込んで、断食して無理心中を図ったのです。

 

これを聞いた司馬懿は慌てて張春華の元へと向かい、マッハの速度で謝罪。さすがに息子の命を縦に取られると、冷徹な司馬懿も血相を変えてしまうわけですね。

 

 

もっとも、この後司馬懿は「別にあんなババアのために謝ったわけじゃないもんね!かわいい息子たちのためだもんね!」と負け惜しみを漏らしていますが……

 

 

なお、近年では張春華が架空人物という説も有力になりつつあるとかないとか……

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